昨日、家族で近所の小学校のバザーに行ってきました。
そこに「昔の遊び」コーナーがあったので、「ベイブレード」大好きの息子がベーゴマを試してみました。
しかしベーゴマを廻すのは難しく、うまく廻せませんでした。
「ベイブレード」は廻す部分を便利に自動化して、戦わせることに特化した遊びになっているので、息子にはコマをうまく廻すテクニックは難しかったのでしょう。
(私は世代的?にベーゴマをほとんどやったことが無いので廻せませんが......)
確かに、小さいベーコマを廻すのは難しいので、簡単に廻せたほうが勝負が白熱していいのかもしれません。
ただ、手先の器用さが必要なこととか、廻すテクニックで勝負するという部分が「ベイブレード」では失われているように思えます。
先日私は「Handy Search!」というサイトを作りました。
一般の人や携帯端末などでは意外と敷居の高い「キー入力」をせずとも検索できる仕組みです。
しかし、キーを入力する必要が無ければ、その人はキーを入力するスキルを身に着けることは無くなってしまうのではないでしょうか。
もちろん、障碍を持った方が一般の人と同じように生活できるようにしたり、今までできなかったような短時間での長距離移動ができるようになったりと、できなかったことをできるようにするのは素晴らしいことだと思います。
しかし、便利にするということは、必ずしも人の進化を促すものではなく、かえって自分自身を退化させる危険性があるということも忘れてはならないと思います。
